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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)135号 判決 1974年5月10日

東京都大田区千鳥三丁目二五番一九号

原告

児玉守弘

右訴訟代理人弁護士

荒川晶彦

東京都大田区雪谷大塚町四番一二号

被告

雪谷税務署長

木村幸二

右指定代理人

伴義聖

右指定代理人

田島久照

永田八八

西山吉洋

右当事者間の所得税審査裁決処分取消等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1. 蒲田税務署長が原告の昭和三八年分の所得税について昭和三九年一二月二五日付をもつてした更正処分および過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二、被告

主文同旨の判決

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1. 原告は、昭和三九年三月一六日蒲田税務署長に対して原告の昭和三八年分の所得税について総所得金額(ただし、事業所得のみ)を一四三、六九六円、所得税額を一、六八〇円とする確定申告書を提出したところ、右税務署長は、同年一二月二五日付をもつて原告の総所得金額を八八五、〇八九円、所得税額を一一五、〇〇〇円とする更正処分(以下、本件更正処分という。)および過少申告加算税を五、六五〇円とする賦課決定処分(以下、本件賦課決定処分という。)をした。

なお、本件に関する蒲田税務署長の権限は、税務署の管轄区域の変更により昭和四三年九月一日被告に承継された。

2. しかしながら、原告の昭和三八年分の総所得金額は原告の前記申告どおりであるから、本件更正処分には原告の総所得金額を過大に認定した違法があり、したがつてまた、本件賦課決定処分も違法であるので、原告は、右各処分の取消しを求める。

二、請求原因に対する被告の認否および主張

1. 請求原因1の事実は認めるが、同2の主張は争う。

2. 原告の昭和三八年分の総所得金額(ただし、事業所得のみ)は本件更正処分において認定したとおり八八五、〇八九円であり、その算出根拠は次のとおりである。

(一)  原告は、東京都大田区北千束町五三四番地所在の建物の一部を賃借してプラスチツク成型加工業を営なんでいたものであるが、東京都知事の施行にかかる都市計画事業環状第七号線街路築造工事のために右建物の敷地が買収されたことに伴い、右工場を他に移転しなければならなくなつたので、東京都から昭和三八年中にその損失補償金として、(1)工作物補償二三一、一〇〇円、(2)動産移転補償八、一二五円、(3)営業補償八五五、三九三円、(4)移転雑費五一、八八二円、(5)特別措置三八八、六五〇円、合計一、五三五、一五〇円の支払いを受けた。

(二)  右損失補償金のうち営業補償金八五五、三九三円(以下、本件営業補償金という。)は、以下に説明するとおり所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下、旧所得税法という。)九条一項四号に規定する所得(事業所得)の収入金額に代る性質を有するものである。そこで、蒲田税務署長は、右条項および旧所得税法施行規則(昭和四〇年政令第九六号による改正前のもの)七条の一一第一項に基づき本件営業補償金額八五五、三九三円を事業所得の収入金額とし、右金額から必要経費として後記のとおり本件営業補償金のうちの給料補償の中から現実に給料の支払いにあてられた三〇、〇〇〇円を差し引いて算出した所得八二五、三九三円と原告の前記確定申告にかかる営業利益五九、六九六円の合計額八八五、〇八九円をもつて原告の昭和三八年分の事業所得と算定したものである。

したがつて、本件更正処分および本件賦課決定処分に原告主張のような違法はない。

3. 次に、本件営業補償金が事業所得の収入金額に代る性質を有するものであることを説明する。

(一)  本件営業補償金八五五、三九三円は、原告の前記賃借建物の敷地買収にあたり、東京都と原告との間において、右敷地の買収によつて原告が工場の移転を余儀なくされるために営業を一時休止することによる収益の減少額を補償するものであることについて合意のうえ、東京都より原告に支払われたものである。すなわち、原告は東京都との前記損失補償の交渉について、当時地元関係者の一部により組織されていた東京都道路対策連盟の書記星武彦にまかせていたので、東京都は人との間で交渉を重ね昭和三八年七月ごろ同人に対して原告に対する損失補償金額として合計一、五三五、一五〇円をその前記内訳と算出根拠の概要を明らかにして提示したところ、同人はそれについて原告と相談のうえ、原告の署名押印のある「立ちのき承諾書」に原告の印鑑証明書を添付して右損失補償金額を承諾したものであるから、原告は前記のような性質を有する本件営業補償金が右損失補償金額に含まれていることについても了承していたものというべきである。したがつて本件営業補償金は、事業所得の収入金額に代る性質を有するものというべきである。

(二)  仮りに、原告と東京都との間において損失補償金の総額についてのみ合意がなされ、その内訳として前項で述べたような性質を持つ営業補償金八五五、三九三円が含まれることについては合意がなかつたとしても、本件営業補償金は、東京都において原告の営業の実態を調査したうえ、「東京都の用地取得に伴う補償等の基準を定める要綱」(以下、都の補償基準要綱という。)に基づいて算定したものであり、実質的にみても営業の休止による減少収益に対する補償としての性質を有するものである。したがつて、この点からみても、本件営業補償金が事業所得の収入金額に代る性質を有することは明らかである。

本件営業補償金の内訳とその算出根拠は次のとおりである。

(1) 査定収益額 四〇七、六八八円

次のとおり算出した一か月当りの収益額一三五、八九六円に移転(移築工法)するに必要と認められる休業期間たる三か月を乗じて算出したものである。

(イ) 年間当りの収入 二、八七二、七七五円

(ロ) 年間当りの必要経費 一、二四二、〇二三円

(ハ) 年間当りの収益額((イ)-(ロ)) 一、六三〇、七五二円

(ニ) 一か月当りの収益額((ハ)×1/12) 一三五、八九六円

(2) 固定経費補償 七、六一七円

一か月当りの固定経費(イ)電話基本料一、〇〇〇円、(ロ)光熱水費一、五三九円、合計二、五三九円の休業期間たる三か月分を補償したものである。その趣旨は、休業期間中であつても固定経費の支出はこれを余儀なくされるのが通常であるから、査定収益額の補償のほかに休業期間中に支出が予想される固定経費についても補償がなされない限り、営業の休止による減少収益の補償が完全とはいえないからである。したがつて、固定経費補償も事業所得の収入金額に代る性質を有するものである。

(3) 給料補償 三二、四〇〇円

従業員近藤利次の一か月分の給料一八、〇〇〇円の六〇パーセントを休業期間たる三か月分について補償したものである。給料補償の趣旨およびそれが事業所得の収入金額に代る性質を有するものであることは固定経費補償の項で述べたのと同様である。

(4) 得意喪失補償 四〇七、六八八円

前記一か月当りの収益額の三か月分を補償したものである。その趣旨は、工事のために営業を休止し、場所の移転をすることにすれば、それによつて従前の得意先を喪失することが予想されるが、この得意先は工事の終了または移転の完了後営業を再開したからといつて直ちに以前と同様の得意先を確保することは通常困難であると認められることから、再開後従前と同程度に得意先を獲得し、その回復をはかるまでの間に予想される減少収益を見積つて、これを補償しようとするものである。したがつて、その実質はまさに事業所得の収入金額に代る性質を有するものである。

もつとも、前記固定経費補償と給料補償については、被補償者が一定の期間内にその交付の目的に従つて現実に費用の補填に充てたときには、その充てた部分の金額は必要経費として事業所得の算出上収入金額から控除すべきところ、原告が給料補償のうちから現実に従業員に給料として支払つた三〇、〇〇〇円は前記のとおり必要経費として事業所得の収入金額から控除したが、固定経費補償七、七一七円については、原告は、右金額を現実に支払つたとして前記確定申告の際本来の事業に係る所得の計算上必要経費に算入して申告済みであるので、本件更生処分にあたつては、更にこれを必要経費として控除することは二重の必要経費控除となるので控除しなかつたものである。

(三)  なお、付言するに、前記損失補償金合計一、五三五、一五〇円のうち本件営業補償金以外のその余の補償金も都の補償基準要綱に基づいて算出されたものであり、それらは次のとおりいずれも完全に補償されているのであるから、他に買収に伴う精神的苦痛に対する慰籍料とか贈与等の事情のない以上、それら以外に支払われた八五五、三九三円は営業補償金以外のなにものでもなく、したがつて、それは事業所得の収入金額に代るものと認めざるをえないものである。

(1) 工作物補償 二三一、一〇〇円

原告の前記賃借建物に付属する工作物について、実地調査のうえ、そのうちの移転可能なものについては移転費用を、移転不能のものについては推定再取得価額等から適当と認める額をそれぞれ補償したものである。

(2) 動産移転費用 八、一二五円

動産の移転に要する費用として建物の占有坪数に応じて補償したものである。

(3) 移転雑費 五一、八八二円

建物移転の場合の移転先の選定に要する費用、法令上の手続に要する費用、移転旅費その他の雑費を補償したものである。

(4) 特別措置 三八八、六五〇円

その趣旨は、建物の移転により、建物の使用者がその住居または店舗を失う場合において、右(1)ないし(3)のような各種の補償金をもつて使用者が従前使用していた住居または店舗と同程度の住居または店舗を確保することが困難であると認めたとき、現状回復に必要とする費用相当額(移転先入手に要する諸経費および借家人の場合は家賃差額等を含む。)を建物の種類(本件の場合は工場兼住宅)に応じて補償しようとするものである。

三、被告の主張に対する原告の認否および反論

1. 被告主張の事実のうち、原告が被告主張の建物を賃借してプラスチツク成型加工業を営なんでいたところ、被告主張にかかる工事のために右建物の敷地が買収されたことに伴い、右工場を他に移転せざるをえなくなり、東京都から昭和三八年中に総額一、五三五、二五〇円の損失補償金の支払いを受けたこと、右補償金の内訳として東京都側の関係書類には被告主張のとおりの項目別の金額の記載があること、右損失補償の協議の際、東京都が東京都道路対策連盟の書記星武彦に対して原告の損失補償金額(ただし、総額のみである。)を提示し、その後、同人が原告の押印のある「立ちのき承諾書」に原告の印鑑証明書を添付して右書類を東京都に提出したことはいずれも認めるが、その余は争う。

2. 本件営業補償金は事業所得の収入金額に代る性質を有しない。

(一)  原告と東京都との間における損失補償に関する協議はもつぱら総額についてのみ行なわれ、その内訳についての協議は一切行なわれたことはなく、結局、両者間の合意は損失補償金の総額についてのみ成立したものである。被告主張の損失補償金の内訳は、東京都が右合意された総額をその後手続上の必要から各項目に振り分けた際、都の補償基準要綱に制約されて営業補償以外の対価補償名下の部分を一定金額内におさえざるをえなかつたため、その残額を比較的伸縮自在な営業補償項目に割り振ることによつて、形式的に都の補償基準要綱に則つたように整えたものにすぎない。

(二)  損失補償金に対する課税処分は、その実質に応じてなされるべきところ、被告主張の本件営業補償金の算出根拠はいずれも合理性がなく、なかでも、査定収益額および得意喪失補償額は原告の当時の営業実績を大幅に上回る多額のものであつて、本件営業補償金は名目営業補償であつても営業補償としての実質を有していない。

(三)  原告が支払いを受けた損失補償金額一、五三五、一五〇円は、次のように原告の被つた借家権喪失および家賃差額の損失の正当な補償額にも不足するものであり、実質的に営業補償に振り向けられる部分はまつたく存在しない。

(1) 借家権補償 九〇〇、〇〇〇円

一般に借家権の価額はその使用敷地の価額の三分の一と評価すべきところ、原告の前記賃借建物の敷地は二〇坪以上あり、その買収価額は坪当り一三五、〇〇〇円であるから、右建物の借家権価額は九〇〇、〇〇〇円となる。

(2) 家賃差額 一、九〇八、〇〇〇円

原告の昭和三八年当時の家賃は月額二〇、〇〇〇円であつた。

原告は前記建物を昭和三三、四年ごろ新築と同時に借受けたのであるが、昭和三八年ごろ同程度の建物を新規に借受ける場合には少なくとも月額三〇、〇〇〇円を要する。したがつて、月額一〇、〇〇〇円の賃料差額が原告の損失となるべきところ、前記建物の耐用年数は三〇年程度であるから残存期間は二五、六年程度となる。そこで、年額一二〇、〇〇〇円の賃料差額の二五年分を年五分の中間利息を控除して算出すると一、九〇八、〇〇〇円となる。

ちなみに、原告は、前記買収に伴い、前記賃借建物の代替家屋(敷地約三〇坪、建坪約一七・五坪)を借地権付で代金二、四七五、〇〇〇円で買受けたが、前記損失補償金一、五三五、一五〇円は全額右代金の支払いや右売買の雑費その他移転費用等の支払いに充てられたものである。このことに照らしてみても、本件営業補償金が事業所得の収入金額に代る性質を有するものでないことは明らかというべきである。

(四)  仮りに、本件営業補償金が営業補償の実質を有しているとしても、被告主張の得意喪失補償は事業所得の収入金額に代る性質を有するものではなく、譲渡所得を構成するものというべきである。

すなわち、得意は慣行上取引価値のあるものとされているのであり、それは経済取引上の価値の一種であつて、いわゆる営業権の一要素である。群述すれば、それは営業の物的人的組合せの合理性または顧客関係の有利性その他営業上の無形の利益源と考えられるもので、「のれん権」等とよばれ、その営業を組成する個々の財産の価値の合計額を超える営業価値であり、将来の収益期待利益である営業権の一要素である。したがつて、得意は無形固定資産の一種であるというべきところ、それは収用(買収)によつて一旦消滅し、営業再開後の投資によつて再び営業者に取得されるものであるから、得意喪失補償は消滅する無形固定資産の価値に対する補償であるというべきである。そうだとすると、得意は無形固定資産の一種として収用(買収)、譲渡については有形固定資産と等しく扱われるべきものであるから、得意喪失補償は旧所得税法施行規則七条の一一第三項により譲渡所得を構成するものというべきである。

四、原告の反論に対する被告の再反論

本件営業補償金が事業所得の収入金額に代る性質を有しないとの原告の反論はすべて争う。

なお、原告は、前記得意喪失補償は収用(買収)によつて消滅する得意という営業権(無形固定資産)の価値に対する補償であつて、事業所得の収入金額に代る性質を有するものではなく、譲渡所得を構成する旨主張するが、得意喪失補償の本質は、前記のとおり営業場所の移転等に伴う減少収益に対する補償であり、これに対し、原告主張の営業権消滅の対価補償は営業場所の移転により通常営業の継続が不能となる場合にのみなされるものである。ところで、原告の営業種目は当該場所以外の場所でも営むことができるプラスチツク成型加工業であり、営業場所の移転により通常営業の継続が不能となる性質のものではないから、前記得意喪失補償は営業権消滅の対価補償ではありえず、これを前提とする原告の右主張は失当である。

第三、証拠

一、原告

1. 甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし四、第六号証の一、二、第七ないし第二一号証、第二二号証の一ないし三、第二三、第二四号証、第二五号証の一ないし八を提出。

2. 証人下向磐、同伊藤誠の各証言および原告本人尋問の結果を援用。

3. 乙第一号証の一、二、第三号証の二、第五号証の一ないし六、第六ないし第一三号証、第一五号証の各成立(第八号証については原本の存在および成立)は認めるが、第二号証、第四および第一四号証の各一、二の各成立は不知、第三号証の一の成立は否認する(ただし、金額等未記入の用紙に原告が押印したことは認める。)。

二、被告

1. 乙第一号証の一、二、第二号証、第三、第四号証の各一、二、第五号証の一ないし六、第六ないし第一三号証、第一四号証の一、二、第一五号証を提出。

2. 証人前沢保利、同浜本明の各証言を援用。

3. 甲第九号証、第一七ないし第二〇号証、第二四号証、第二五号証の一ないし八の各成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一、請求原因1の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件更正処分における総所得金額(ただし、事業所得のみ)の認定が正当か否かについて判断する。

1. 原告が東京都大田区北千束町五三四番地所在の建物を賃借してプラスチツク成型加工業を営んでいたところ、東京都知事の施行にかかる都市計画事業環状第七号線街路築造工事のために右建物の敷地が買収されたことに伴い、右工場を他に移転しなければならなくなり、東京都から昭和三八年中にその損失補償金として合計一、五三五、一五〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

2. 被告は、右損失補償金の中には事業所得の収入金額に代る性質を有する営業補償金八五五、三九三円が含まれている旨主張するので、この点について検討する。

(一)  いずれも成立に争いのない甲第二五号証の一ないし八、乙第一号証の一、二、同第五号証の三、四、同第八号証、同第九号証、原告名下の印影を原告が捺印したことについて当事者間に争いがないから全部真正に成立したものと推認すべき乙第三号証の一、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第四号証の一、二、証人前沢保利、同浜本明、同伊藤誠、同下向磐の各証言(ただし、右伊藤、下向の各証言のうち後記信用しない部分を除く。)および原告本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(1)  東京都は、都の補償基準要綱(昭和三六年四月一日から施行され、昭和三八年一〇月一日「東京都の事業の施行に伴う損失補償基準」の施行により廃止された東京都の内部準則)に基づいて、原告が前記事業のために従前の工場の移転を余儀なくされることによつて受ける損失の補償額を算定したこと。

(2)  都の補償基準要綱によると、営業補償として、建物の移転により営業を一時休止するときは建物移転の工法に従い通常必要とする休業期間に応ずる推定収益額を補償するものとし(これを休業補償という。)、右営業休止の期間中事業中の負担となるその建物の公租公課、光熱、水道および電話の基本料金、従業員の法定福利費その他通常支出を必要とする固定経費があるときは、その額を補償しうるものとし(これを固定経費補償という。)、また、右営業を休止する場合において、事業主が就労させることができない従業員に対して賃金を支払う必要があるときは、建物の移転に伴つて通常必要とする休業期間に応ずる従業員の、労働基準法一二条の規定による平均賃金の範囲内で補償するものとし(これを休業手当補償という。)、さらに、建物の移転により規模の縮小、得意の喪失等により営業収益が減少するものと認められるときは、従前の営業期間、地理的条件等を考慮して、その直近二年度の平均年間純益額の範囲内で相当と認める額を補償しうるものとしている(これを得意喪失補償という。)こと。

(3)  東京都は、原告が従前の工場の移転を余儀なくされることによる損失補償金について、都の補償基準要綱に基づき、営業補償として、休業補償四〇七、六八八円(平均月収一三五、八九六円の三か月分)、固定経費補償七、六一七円(月間経費二、五三九円の三か月分)、休業手当補償三二、四〇〇円(月間休業手当一〇、八〇〇円の三か月分)、得意喪失補償四〇七、六八八円(前記月収一三五、八九六円の三か月分)、合計八五五、三九三円、工作物等の移転補償(工作物補償)として二三一、一〇〇円、動産移転補償として八、一二五円、移転雑費補償として五一、八八二円、移転のための特別措置補償として三八八、六五〇円、以上合計一、五三五、一五〇円と算定し、右金額を損失補償金として前認定のとおり原告に支払つたこと。

(4)  原告は、星武彦を代理人として東京都と損失補償額の交渉をしたが、星は、前記事業の施行によつて他へ移転を余儀なくされることになつた環状第七号線街路用地部分やその沿線の住民等を中心として昭和三六年ごろ組織された東京都道路対策連盟の書記として、右連盟の多数の会員に代つて東京都としばしば補償金に関する交渉をし、さらには、損失補償金、ことに営業補償金に対する課税の問題について税務当局とも再三にわたつて交渉していたことから、都の補償基準要綱の内容および東京都が原則として右要綱に従つて損失補償金額を算定するものであることについて十分な認識を有し、また、課税との関係で損失補償金の内訳についても関心を持つていたこと。

(5)  星は、東京都の係員から原告に対する損失補償金の提案額を示され、右金額のうちの営業補償金額についても説明を受けたうえ、原告に対して東京都の提案を説明し、その了解を得て昭和三八年八月二九日ごろ原告の捺印した「立ちのき承諾書」(乙第三号証の一)を東京都に提出して、東京都との間において原告の立退きとそれに対する損失補償について合意を成立させたこと(右事実のうち、星が東京都から原告の損失補償金の総額の提示を受け、その後、原告の押印のある「立ちのき承諾書」を東京都に提出したことは当事者間に争いがない。)

(6)  もつとも、原告は、東京都との損失補償についての最終的な合意の際、右合意された損失補償金の内訳については、営業補償の額を除き、ほかにどのような項目の補償が含まれているかは、ある程度知つていたものの、その具体的な内容や金額までは知らなかつたが、それは、原告が最終的な合意の段階では損失補償の総額について最大の関心を持ち、その内訳については関心が少く、東京都側の算定内容を概括的に了解したためであること。

以上の事実が認められ、証人伊藤誠、同下向磐の各証言および原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、いずれも前掲各証拠と対比してにわかに信用し難く、他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、原告が東京都から支払いを受けた前記損失補償金一、五三五、一五〇円のうち八五五、三九三円は、原告と東京都との間に合意に基づいて営業補償として支払われたものというべきである。そして、その内容をみるに、右営業補償を構成する休業補償および得意喪失補償の部分は、前認定のとおり工場の移転による減少収益に対する補償として支払われたものであるから、右の部分が事業所得の収入金額に代る性質を有するものに当たることは明らかであり、また、固定経費補償および休業手当補償の部分も、当該事業を継続するために休業中も支出せざるをえない経費についての補償として支払われたものであるから、当該事業に関して受ける収入金の額で事業所得の収入金額に代る性質を有するものと解するのが相当である。

(三)  これに対し、原告は、営業補償として支払われた金額は、その額が過大であることからみて、原告の営業休止による減少収益等の補償ではありえず、その実質は、原告の借家権補償および家賃差額等の補償である旨主張し、証人伊藤誠、同下向磐の各証言および原告本人尋問の結果によれば、東京都は、原告との損失補償についての交渉を妥結させるために、原告の営業収益を実際の収益額よりも多少過大に査定して、それに基づいて営業補償、ことに休業補償および得意喪失補償の各金額を算定したことが窺えないでもないが、営業補償はもともと営業休止による減少収益の予想額に基づいて算定されるものであるから、仮りに右予想額が客観的な減少収益額を上回つていたからといつて、直ちにその補償の実質が営業補償ではなく、原告主張のように借家権補償や家賃差額等の補償であるとはとうてい断定し難いというべきである。証人伊藤誠、同下向磐の各証言および原告本人尋問の結果のうち原告の右主張に副う部分は、いずれも前記営業補償が実際よりも多少過大に査定された営業収益額に基づいて算定されたことによる臆測に基づく供述ともいうべきものであつて、右説示したところと前記(一)で認定した事実に照らしてにわかに採用し難く、他に、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告の右主張は採用できない。なお、原告は前記損失補償金一、五三五、一五〇円が原告の代替家屋の取得費用にもみたなかつたことからも前記営業補償が事業所得の収入金額に代る性質を有するものでないことは明らかである旨主張するが、前記損失補償金一、五三五、一五〇円がもともと原告の代替家屋の取得費用として支払われたものでないことは前記(一)で認定した事実から明らかであるうえ、本来、損失補償ことに対価補償の金額は、収用(買収)資産の客観的交換価値によつて決定されるべきものであつて、被収用(買収)者が取得する代替資産の価格が損失補償の金額や性質になんら影響を及ぼすものでないことは論じるまでもないことであり、原告の右主張は失当というべきである。

原告は、また、前記営業補償のうちの得意喪失補償金は無形固定資産の一種である「得意」の消滅に対する補償として支払いを受けたものであるから譲渡所得を構成する旨主張する。しかし、原告が自己の営業について同一あるいは類似業種における標準的な収益を超えて超過収益を生み出すような無形の利益源、すなわち、その有する有形の資産とは独立に取引上の評価の対象とされうるような営業権ないしのれん権を有していたものでないことは弁論の全趣旨に照らして明らかであるのみならず、東京都が原告に対して無形固定資産の消滅に対する補償として得意喪失補償金を支払つたものでないことも前記(一)で認定した事実から明らかであるから、原告の右主張も採用できない。

3. 以上によると、原告が支払いを受けた営業補償金八五五、三九三円は事業所得の収入金額に代る性質を有するものというべきであるから、旧所得税法九条一項四号、同法施行規則七条の一一第一項により事業所得の収入金額に当たるものというべきである。

ところで、右営業補償金八五五、三九三円のうち固定経費補償七、六一七円および休業手当補償三二、四〇〇円については、被補償者である原告がその補償の目的に従つてこれを現実に経費の支出に充てた場合には、その支出した金額は、事業所得の算出上収入金額から控除すべきことはいうまでもないところ、成立に争いのない乙第五号証の一ないし六によると、右休業手当補償三二、四〇〇円のうち三〇、〇〇〇円は、現実に従業員に給料として支払われたことおよび右固定経費補償七、六一七円については、後記認定の実際の営業による事業所得の算出上必要経費として控除済みであることが認められるから、営業補償についての事業所得の算出上は右三〇、〇〇〇円のみを必要経費として控除すべきものというべきである。そうすると、営業補償についての原告の事業所得は、八二五、三九三円となることが計算上明らかである。

一方、前掲乙第五号証の一ないし六によると、原告には係争年中に実際に営業をしたことによる事業所得五九、六九六円があつたことが認められるから、結局、原告の係争年分の事業所得は被告主張のとおり合計八八五、〇八九円あつたものというべきである。

してみれば、本件更正処分における総所得金額八八五、〇八九円の認定は正当として是認すべきである。

二、叙上の次第で、本件更正処分は適法であり、したがつてまた、本件賦課決定処分も適法であるというべきであるから、これらが違法であると主張する原告の本訴請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 上田豊三 裁判官 横山匡輝)

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